入れ歯の歴史


  現代の歯科の世界でも、新しい素材や技術を使った入れ歯がいろいろと開発されています。では、人類の歴史のなかでは、これまで入れ歯はどのように進化してきたのでしょうか。

入れ歯の歴史   古い時代の遺跡から入れ歯とおぼしきものが発掘されたケースは、紀元前3000~2500年ころのエジプトの遺跡から、歯と歯を針金で結びつけたもの、紀元前5世紀ごろの古代フェニキアの遺跡から、天然歯と人工歯を金の針金でつないだもの、などがあります。 しかし、これらが生存中に「入れ歯」として使用されていたのか、または死後、装飾品としてはめ込まれたものか、詳しいことはわかっていません。
 古代ギリシアやローマには、現代の部分入れ歯に相当すると思われる、失った歯の代わりに人工物を隣の歯や近くの歯を利用して固定する技術の紹介などが残っていて、実際に行われていたようです。

 総入れ歯ということになると、ヨーロッパより古い時代のものが日本に残っています
 それは16世紀の尼僧が使っていたものです。つげの木で作られた木製で、形状は現代の入れ歯にかなり近く、口のなかの粘膜に吸着させて使うという方法も現代と共通しています。食事もつけたままでできたようで、後述のヨーロッパの入れ歯より優れたものだったようです。
 ヨーロッパでは、18世紀にフォーシャールという医師が作った総入れ歯がありますが、こちらはバネで上下に突っ張って固定するというもので、とても食事などはできなかったと思われ、主に装飾品としての役割だったようです。素材は、当初は、動物の骨や牙、金属などで変色・悪臭という問題もありました。 18世紀末には陶材で作られた入れ歯も登場しています。
欧米で吸着による義歯が実用化されたのは、19世紀になってからです。
さらに19世紀半ばにアメリカで弾性ゴムが開発され、入れ歯の土台に使われるようになり、軽くて装着感もよく、価格も手ごろだったことから飛躍的に普及しました。その後、現在も入れ歯材料の主流であるアクリルやレジンが開発されるまで、広く使われました。

 日本で使われていた木製入れ歯ですが、仏像を彫る仏師が、その技術を応用して始めたとされており、やがて入れ歯造りをなりわいとする者も出てきました。口中入歯師と呼ばれたそれらの者たちの中には、入れ歯造りだけでなく、抜歯など歯の治療も行う者もあり、室町時代末期から江戸時代を通して、庶民の歯医者として親しまれました。明治に入り、西洋式の入れ歯が伝わってから、木製入れ歯は姿を消しました。

 歯を失ってしまっても、なんとか以前の機能や美しさを取り戻したいという欲求はいつの時代も変わらずにあって、その気持ちが入れ歯の進化を支えてきたのです。